2012年10月24日
7.ドイツの人気テレビ番組「ほんとうにほんとうの人生」 その1
ドイツで放送されている、『ダス ウィルクリッヒ ワーレ レーベン-ほんとうにほんとうの人生』というテレビ番組があります。30分のコメディー番組で、作り方の発想からとても面白く、視聴者の人気を集めています。
この番組の主人公は、コメディアン俳優オリ・ディトリッヒが演じる「ディトチェ」という名の失業者。彼はいつも同じ格好で登場します。そんなに奇麗そうには見えない青い縦縞のガウンにサンダル。ガウンの下には赤いトレーナーズボン。ちょっと脂っこそうな髪の毛。
私がベルリンに最初に来た時にとても驚いたのが、ホームレスの数でした。数というより彼らががとても目立って見えたからかもしれません。電車の中では「失業中なのでお金もなく、家もなく、食べ物も飲み物もありません。どうかお恵みを!」と声をはりあげ、駅に着くたびに車両を変え、乗客に寄付を訴える姿が目立ちます。時には、次から次へと到着する駅が変わる毎にお恵みを求める人々が入れかわり立ちかわりそれぞれ自分が考えた口上を述べて車両を渡り歩いていきます。その、自分の苦境を訴える姿を見て「さすが主張の国だ」と思うと同時に、物乞いがやって来るたびにちゃりんちゃりんと小銭を渡す人の姿を見て、「さすがキリスト教の国だ」とも思わずにいられませんでした。
寄付をしてくれる人もなく、またぞんざいに扱われたりあまり実入りがなかったりする時には、誰にともなく悪態をついたり、「こんちくしょう!」と捨て台詞を吐いて車両を後にする物乞いもいます。駅ではなくスーパーや銀行の前に居座って、買い物に来た人やお金を下ろしに来た人にお恵みをもらおうとするなど、必ず特定の場所にいる人もいます。彼らはお店が閉店した後、風よけや雨よけにとても都合のよい玄関口付近や、工事中のビル前などのぽっかりとあいた空間で寝泊まりしている姿が見られます。公園にいるというのはあまり聞きません。
そんな中で、私の思い出に残っているホームレスがいました。彼を見ると家がないことがすぐに分かりますが、物乞いなどはせず、「ホームレス」つまり家がない人というよりも「路上生活者」と表現した方が似合うような人でした。ちょうど私の家の近く、繁華街であるオラーニエンブルグ通りの端と、大通りであるフリードリッヒ通りの交わるところが彼の居場所。特定のお店の前というよりも、トラムや自動車や歩行者が頻繁に行き交って交通量が多いところにいる人でした。私も何度も通りかかる場所なので、彼が道路に座っているのが分かります。彼は、お金をねだったりせがんだりしたことはありませんでした。誰かが気を利かせたのでしょう、イスを持ってきた人がいたようで、彼はそのイスに腰かけて悠々と行き交う人々を眺めたり、話しかけたり、時にはイスを2つ並べて、道行く人と話し込んだりしていました。一度、何か約束事に遅れそうで、私がものすごく急いで駆け足で彼の目の前を通ったことがあります。走って来たのが見えたのか、私が通る時に、私めがけて「そんなに急いでどこへいく!」と叱責が飛んだことがあります。「何を言ってるの!?」と思って後ろを振り返ると、陽気な彼の顔がありました。
ベルリンの冬はとても厳しく、いつも冬になると、どうしてこんなに寒いところにこんなに文化や市民生活が発展したのか?と疑問に思うくらいです。ただでさえ厳しい冬ですが、数年前には大寒波が訪れ、マイナス20度あるいはそれ以上の寒気が続いたことがありました。特にその年は屋外で生活している人にとっては大変厳しい年で、ホームレスの凍死なんてこともニュースになっていました。この年、オラー二エン通りとフリードリッヒ通りの交わるところに住んでいたその人も例外ではなく、寒さからくる風邪をこじらせて亡くなってしまったそうです。亡くなった後には、彼がよく座っていたイスやその周りにろうそくや花が飾られ、たくさんの人のメッセージが添えられていました。その人は、道行く人に真実を告げる、気になる存在として、人々に愛されていたのではないかと思います。
私たちの社会構造の中でもっとも本当の事を言える存在ー路上生活者であった彼のようにーと重ね合わせ、コメディアンのオリは、失業者ディトチェを演じます。ディトチェは失業者ではありますが、どうもお部屋は持っているようです。ときどきお部屋の話がでてきます。番組は、ドイツによくある立食の軽食店「インビス」、ソーセージを焼いたものやポテトサラダなど簡単な料理と瓶ビールを出す主人・インゴを訪ねるところから始まります。ディトチェはインゴを相手に、世の中の時事問題から芸能界の問題、スポーツのこと、ほんとうのほんとうの事を語ろうとします。コメディアンらしく妄想が妄想をよび、インゴがいい具合にイライラしたり突っ込みを入れたりしていくというものです。登場人物はもう一人。ディトチェがインビスに行くと必ずいる、タートル(亀)というあだ名で呼ばれているお客さんです。この人物は存在感だけがあってあまりしゃべらない、日本でいうと、いわゆる高木ブーのような役割でしょうか。この番組はすべてアドリブ&生放送で行われているというのがみそ。この失業者ディトチェことオリがすべての進行を考えます。ただし出演者やスタッフにはオリが今日何を話すのかは前もって知らされません。さて、さて毎回どうなることやら。つづきは次回に。
WDR局のHPより
http://www.wdr.de/tv/comedy/sendungen/fernsehen/dittsche_das_wirklich_wahre_leben/index.jsp?mid=577352
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(1)ドイツ版、国民的アイドルは誰ですの?
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≫その2
≫その3
(2)「借金からの脱出」借金解決請負人-ペーター・ツヴィーガート
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(3)ドイツの人気テレビ番組「ほんとうにほんとうの人生」
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(4)売れないレストラン再建!独TV番組「レストランテスター」
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(5)深夜のトーク番組「ドミアン」 ハロー、こちらドミアン!
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≫その3
(6)黒髪長身のスーパー教育アドバイザーが家庭訪問。「スーパーナニー」
≫その1
≫その2
≫その3
(7)政治家シリーズ
≫「ドイツの母」フォン・デア・ライエン氏
≫「ドイツの右腕」ヴォルフガング・ショイブレ氏
≫「ドイツの首相」アンゲラ・メルケル氏
◆このコラムの著者、河村恵理さんのお話を、コラム「インタビュー・ノート」にて掲載しています。
河村さんのドイツでのお仕事、現在に至るまでの経緯などが語られています。
・前編 http://interview.eshizuoka.jp/e953874.html
・中編 http://interview.eshizuoka.jp/e956661.html
・後編 http://interview.eshizuoka.jp/e960315.html
この番組の主人公は、コメディアン俳優オリ・ディトリッヒが演じる「ディトチェ」という名の失業者。彼はいつも同じ格好で登場します。そんなに奇麗そうには見えない青い縦縞のガウンにサンダル。ガウンの下には赤いトレーナーズボン。ちょっと脂っこそうな髪の毛。
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私がベルリンに最初に来た時にとても驚いたのが、ホームレスの数でした。数というより彼らががとても目立って見えたからかもしれません。電車の中では「失業中なのでお金もなく、家もなく、食べ物も飲み物もありません。どうかお恵みを!」と声をはりあげ、駅に着くたびに車両を変え、乗客に寄付を訴える姿が目立ちます。時には、次から次へと到着する駅が変わる毎にお恵みを求める人々が入れかわり立ちかわりそれぞれ自分が考えた口上を述べて車両を渡り歩いていきます。その、自分の苦境を訴える姿を見て「さすが主張の国だ」と思うと同時に、物乞いがやって来るたびにちゃりんちゃりんと小銭を渡す人の姿を見て、「さすがキリスト教の国だ」とも思わずにいられませんでした。
寄付をしてくれる人もなく、またぞんざいに扱われたりあまり実入りがなかったりする時には、誰にともなく悪態をついたり、「こんちくしょう!」と捨て台詞を吐いて車両を後にする物乞いもいます。駅ではなくスーパーや銀行の前に居座って、買い物に来た人やお金を下ろしに来た人にお恵みをもらおうとするなど、必ず特定の場所にいる人もいます。彼らはお店が閉店した後、風よけや雨よけにとても都合のよい玄関口付近や、工事中のビル前などのぽっかりとあいた空間で寝泊まりしている姿が見られます。公園にいるというのはあまり聞きません。
そんな中で、私の思い出に残っているホームレスがいました。彼を見ると家がないことがすぐに分かりますが、物乞いなどはせず、「ホームレス」つまり家がない人というよりも「路上生活者」と表現した方が似合うような人でした。ちょうど私の家の近く、繁華街であるオラーニエンブルグ通りの端と、大通りであるフリードリッヒ通りの交わるところが彼の居場所。特定のお店の前というよりも、トラムや自動車や歩行者が頻繁に行き交って交通量が多いところにいる人でした。私も何度も通りかかる場所なので、彼が道路に座っているのが分かります。彼は、お金をねだったりせがんだりしたことはありませんでした。誰かが気を利かせたのでしょう、イスを持ってきた人がいたようで、彼はそのイスに腰かけて悠々と行き交う人々を眺めたり、話しかけたり、時にはイスを2つ並べて、道行く人と話し込んだりしていました。一度、何か約束事に遅れそうで、私がものすごく急いで駆け足で彼の目の前を通ったことがあります。走って来たのが見えたのか、私が通る時に、私めがけて「そんなに急いでどこへいく!」と叱責が飛んだことがあります。「何を言ってるの!?」と思って後ろを振り返ると、陽気な彼の顔がありました。
ベルリンの冬はとても厳しく、いつも冬になると、どうしてこんなに寒いところにこんなに文化や市民生活が発展したのか?と疑問に思うくらいです。ただでさえ厳しい冬ですが、数年前には大寒波が訪れ、マイナス20度あるいはそれ以上の寒気が続いたことがありました。特にその年は屋外で生活している人にとっては大変厳しい年で、ホームレスの凍死なんてこともニュースになっていました。この年、オラー二エン通りとフリードリッヒ通りの交わるところに住んでいたその人も例外ではなく、寒さからくる風邪をこじらせて亡くなってしまったそうです。亡くなった後には、彼がよく座っていたイスやその周りにろうそくや花が飾られ、たくさんの人のメッセージが添えられていました。その人は、道行く人に真実を告げる、気になる存在として、人々に愛されていたのではないかと思います。
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私たちの社会構造の中でもっとも本当の事を言える存在ー路上生活者であった彼のようにーと重ね合わせ、コメディアンのオリは、失業者ディトチェを演じます。ディトチェは失業者ではありますが、どうもお部屋は持っているようです。ときどきお部屋の話がでてきます。番組は、ドイツによくある立食の軽食店「インビス」、ソーセージを焼いたものやポテトサラダなど簡単な料理と瓶ビールを出す主人・インゴを訪ねるところから始まります。ディトチェはインゴを相手に、世の中の時事問題から芸能界の問題、スポーツのこと、ほんとうのほんとうの事を語ろうとします。コメディアンらしく妄想が妄想をよび、インゴがいい具合にイライラしたり突っ込みを入れたりしていくというものです。登場人物はもう一人。ディトチェがインビスに行くと必ずいる、タートル(亀)というあだ名で呼ばれているお客さんです。この人物は存在感だけがあってあまりしゃべらない、日本でいうと、いわゆる高木ブーのような役割でしょうか。この番組はすべてアドリブ&生放送で行われているというのがみそ。この失業者ディトチェことオリがすべての進行を考えます。ただし出演者やスタッフにはオリが今日何を話すのかは前もって知らされません。さて、さて毎回どうなることやら。つづきは次回に。
WDR局のHPより
http://www.wdr.de/tv/comedy/sendungen/fernsehen/dittsche_das_wirklich_wahre_leben/index.jsp?mid=577352
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≫「ドイツの母」フォン・デア・ライエン氏
≫「ドイツの右腕」ヴォルフガング・ショイブレ氏
≫「ドイツの首相」アンゲラ・メルケル氏
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河村さんのドイツでのお仕事、現在に至るまでの経緯などが語られています。
・前編 http://interview.eshizuoka.jp/e953874.html
・中編 http://interview.eshizuoka.jp/e956661.html
・後編 http://interview.eshizuoka.jp/e960315.html
Posted by eしずおかコラム at 12:00