2013年02月06日
13.売れないレストラン再建!独TV番組「レストランテスター」3
◆このコラムの前の回を読む
「レストランテスター」1
「レストランテスター」2
ミシュランで星をとったスターコックが売れないレストランを再建していく、ドイツの人気テレビ番組「レストランテスター」。今回ご紹介するのは、南ドイツの小さな街にあるフランス料理レストラン、「ラ・プチ・フランス」です。
ドイツの中でも、南ドイツ、バイエルン地方は特に美食にこだわる地域です。お隣のフランスやオーストリアなどにも影響され、人々の舌は肥え、料理も洗練されているようなところがあります。今回、クリスチャン・ラハが訪れようとするのはフライジングというミュンヘン空港の近くにある小さな街。この番組へは、レストラン主人の奥さんが助けを願っていました。というのも、彼女は空港で働いており、レストランでの損失は彼女の稼ぎで埋められていたのです。この状態をどうにかできないかということで、ご主人には秘密でラハへ依頼したのでした。
レストランを経営するというのは、普段だれもがしている「食」に関わる事なのでもしかしたら簡単に考える人がいるかもしれない、とラハは警鐘を鳴らします。レストランを抱えるということは、ゲストを迎えるための広大な部屋代、そして従業員代、光熱費、材料費、設備代などを収入から捻出しなければならないということです。出費が月々100万から150万というのはざらで、収入と支出のバランスが合わないとたちまち赤字経営、これを埋めるために借金をしたり、周りの人に迷惑をかけることにもなりかねません。
また、料理やサービスはだれにでもできるように見えますが、料理やドリンクを売るにはしっかりとした教育を受け、基礎ができていないと簡単ではないともラハはいいます。ドイツでは、高校入学時に大学準備コースの高校と実業高校に分かれます。実業高校の生徒は、高校の中でも将来の職業に見合う授業を受け、卒業と同時にそれぞれの職業へ研修に行きます。研修に行った先で就職するか、また新たな場所を選ぶかはその時の選択にもよりますが、彼らはこうして学びながら自分の就職先を見つけて行きます。高校の時点で料理人あるいはレストランのサービス業を選ぶ人々もいます。彼らは野菜や肉、魚についての種類や名前を知っていなければなりませんし、どの部分の肉がどの料理に適切であるのか、究極的には昔はどのように狩猟されていたのか、また今はどのように屠殺されるかを知っていなければなりません。そして、サービスに関しての知識、グラスの種類、あるいはどのワインがどんな料理に合うのか、さらにはどうやってワインは生成されるか、産地の違いは・・・といったことがわかっていなければ、お客様に料理を「売る」ということはできません。ですので、「料理が得意」=「レストラン」が直結するとは限らないのです。料理人といえども経営者の立場に置かれるかもしれませんから、経営の知識もいりますし、大きなお金を扱うためにはお金の使い方についても知っておく必要があります。
さて、今回ラハが訪ねたレストランの主人はフランスから来ています。フランスといえば美食の国。ドイツでもフランスの食文化への憧れはとても高いです。今はお互いにEUの国々を牽引する仲ですが、実はドイツとフランスは、歴史的な見地からみてもお互いに攻めたり攻められたりする国であり犬猿の仲でもありました。ところが、やはり食に関しては、フランス料理はドイツ人の中でもステイタスを獲得しています。さてこのご主人トロンギーさん。在独25年、ドイツで家族を持ちました。レストラン・テスターであるクリスチャン・ラハはフランスには修行で訪れたことがあり、フランス料理も勉強しています。しかしラハは生粋のドイツ人。ドイツ人として、フランス料理店を再生させることができるでしょうか。新たなるフランスVSドイツ対決です。
1日目、レストランの主人であるトロンギーさんはラハのことを知ってはいましたが、まさか自分の店に彼がやってくるとは思わず驚きを隠せないようでした。前菜、スープに関してはラハをうならせたものの、主菜の料理中にかなり慌てていろいろと動き回ったために味付けを忘れ、またデザートのクレープに関してはラハから「レンジでチンしたでしょ、皮がカラカラだったよ」と文句がつきました。
レストランというのは、料理を提供するだけではなく日常からの逃避を演出する場所でもあります。「このレストランに行きたい」というような特徴ある雰囲気を作らなければ人は寄ってきません。特に今回は、レストランの名前「ラ・プチ・フランス」が意味するように、ここバイエルン地方において「小さなフランス」を作らなければなりません。ではどのように?というのが今回のお題です。25年前にフランスを出たトロンギーさん、どうも彼のフランスのセンスがドイツ化しているようです。
2日目、ラハがトロンギーさんと「遠足」と称して行ったのは、いつも買い物に行くというフランスとドイツの交響の街、ストラースブルク。ここでラハと一緒にフランスの雰囲気を勉強します。壁の色、壁にかかっている鏡、絵の種類、光の加減、メニューの書き方、テラスの使い方などもう一度、トロンギーさんにフランスのセンスを呼び戻します。彼の店はドイツにあるフランス料理店ですので、ドイツ人、特にバイエルン人がなにを好むのか、彼らの習性にも合わせていく必要があります。お隣の国といっても、ドイツ人が思い描くフランスと実際のフランスとは違うものですが、ある程度ドイツ人の期待に沿ったフランスの雰囲気をそろえなければなりません。トロンギーさんは料理の腕はあるものの、「フランスでも珍しい料理でドイツ人を驚かそう」という目論見があるようで、それではなかなかドイツ人には通じません。トロンギーさんはラテン的な人物で、情熱はたくさんあるようなのですが・・・。
3日目、ラハは遠足の後で勉強したことをすぐにこの日に実行しようとします。トロンギーさんに聞きます、「さて、これからどうするのか?」 1日ぐらいでは人の考えは変わらないようです。トロンギーさん、頭では何かを変えなければならないとわかっているのですが、いざ行動に移そうとするとどうしたらよいかわからずパニックに陥ってしまいました。注文や要求が多いと、頭を抱えてしまうようです。しかし、昨日のことは昨日のこと。新しく今日を始めなければ、このお店には後がない。ラハは、トロンギーさんに決断を迫ります。わかってはいるものの決断が鈍いあるいは優柔不断だというのがご主人の弱点のようです。しかし、フランスを一番体験し、よくわかっているのはトロンギーさん本人。彼が自信をもって、壁の色や内装について「これはフランス的だ」と承認していかないと意味がありません。キッチンでも、ラハを交えて試行錯誤が始まります。
4日目、部屋の内装の続き。2日目に遠足で訪れたシュトラールブルクで見たレストランの雰囲気を、自分のレストランにも取り入れていきます。フランスの風景をポストカードやポスターから集め、それらを額にいれ、所狭しと壁全体を覆っていきます。また、昨日試作した料理を、番組に依頼を出した奥さんの前で披露します。ドイツ人、特にバイエルン人は「ブロートツァイト(=軽食、パンの時間)」といって、パンにチーズやハムをのせこれらをつまみとしてビール片手に楽しむ習慣があるそうです。トロンギーさんが考えたのは、このブロートツァイトのフランス版。パンにつけるものをフランス風にし、鳥のレバーパテ、テリーヌ、自家製ピクルスを用意しました。もちろん飲み物は樽からサービスされる赤ワイン。さて、このフランス風ブロートツァイトは皆に受け入れられるでしょうか?
5日目、再オープンの日。前夜遅くまで仕事をしていたサービス担当の人たちが、店に出てくるはずの10時になっても誰もこない・・・というアクシデントも起こってトロンギーさんはまたパニック状態に。それでも、再オープンを楽しみにやってきた人たちにフランス風ブロートツァイトと主菜、そして焼きたてのクレープを提供し、好評を得たようです。
8週間後にもう一度ラハがこのレストランにやって来た時、主人は満足そうに語りました。常連の客も来るし、ミュンヘンから、バイエルン地方からわざわざくる人もいるよ、と。店が「バイエルンの小さなフランス」になるまで、あとわずかだということでした。
料理人、クリスチャン・ラハ。レストランまでも調理するなかなかの創作人です。彼は、今日も傾いたレストランを再建すべくドイツを動いて回っています。
◆このコラムの他の記事を読む
(1)ドイツ版、国民的アイドルは誰ですの?
≫その1
≫その2
≫その3
(2)「借金からの脱出」借金解決請負人-ペーター・ツヴィーガート
≫その1
≫その2
≫その3
(3)ドイツの人気テレビ番組「ほんとうにほんとうの人生」
≫その1
≫その2
≫その3
(4)売れないレストラン再建!独TV番組「レストランテスター」
≫その1
≫その2
≫その3
(5)深夜のトーク番組「ドミアン」 ハロー、こちらドミアン!
≫その1
≫その2
≫その3
(6)黒髪長身のスーパー教育アドバイザーが家庭訪問。「スーパーナニー」
≫その1
≫その2
≫その3
(7)政治家シリーズ
≫「ドイツの母」フォン・デア・ライエン氏
≫「ドイツの右腕」ヴォルフガング・ショイブレ氏
≫「ドイツの首相」アンゲラ・メルケル氏
◆このコラムの著者、河村恵理さんのお話を、コラム「インタビュー・ノート」にて掲載しています。
河村さんのドイツでのお仕事、現在に至るまでの経緯などが語られています。
・前編 http://interview.eshizuoka.jp/e953874.html
・中編 http://interview.eshizuoka.jp/e956661.html
・後編 http://interview.eshizuoka.jp/e960315.html
「レストランテスター」1
「レストランテスター」2
ミシュランで星をとったスターコックが売れないレストランを再建していく、ドイツの人気テレビ番組「レストランテスター」。今回ご紹介するのは、南ドイツの小さな街にあるフランス料理レストラン、「ラ・プチ・フランス」です。
ドイツの中でも、南ドイツ、バイエルン地方は特に美食にこだわる地域です。お隣のフランスやオーストリアなどにも影響され、人々の舌は肥え、料理も洗練されているようなところがあります。今回、クリスチャン・ラハが訪れようとするのはフライジングというミュンヘン空港の近くにある小さな街。この番組へは、レストラン主人の奥さんが助けを願っていました。というのも、彼女は空港で働いており、レストランでの損失は彼女の稼ぎで埋められていたのです。この状態をどうにかできないかということで、ご主人には秘密でラハへ依頼したのでした。
レストランを経営するというのは、普段だれもがしている「食」に関わる事なのでもしかしたら簡単に考える人がいるかもしれない、とラハは警鐘を鳴らします。レストランを抱えるということは、ゲストを迎えるための広大な部屋代、そして従業員代、光熱費、材料費、設備代などを収入から捻出しなければならないということです。出費が月々100万から150万というのはざらで、収入と支出のバランスが合わないとたちまち赤字経営、これを埋めるために借金をしたり、周りの人に迷惑をかけることにもなりかねません。
また、料理やサービスはだれにでもできるように見えますが、料理やドリンクを売るにはしっかりとした教育を受け、基礎ができていないと簡単ではないともラハはいいます。ドイツでは、高校入学時に大学準備コースの高校と実業高校に分かれます。実業高校の生徒は、高校の中でも将来の職業に見合う授業を受け、卒業と同時にそれぞれの職業へ研修に行きます。研修に行った先で就職するか、また新たな場所を選ぶかはその時の選択にもよりますが、彼らはこうして学びながら自分の就職先を見つけて行きます。高校の時点で料理人あるいはレストランのサービス業を選ぶ人々もいます。彼らは野菜や肉、魚についての種類や名前を知っていなければなりませんし、どの部分の肉がどの料理に適切であるのか、究極的には昔はどのように狩猟されていたのか、また今はどのように屠殺されるかを知っていなければなりません。そして、サービスに関しての知識、グラスの種類、あるいはどのワインがどんな料理に合うのか、さらにはどうやってワインは生成されるか、産地の違いは・・・といったことがわかっていなければ、お客様に料理を「売る」ということはできません。ですので、「料理が得意」=「レストラン」が直結するとは限らないのです。料理人といえども経営者の立場に置かれるかもしれませんから、経営の知識もいりますし、大きなお金を扱うためにはお金の使い方についても知っておく必要があります。
さて、今回ラハが訪ねたレストランの主人はフランスから来ています。フランスといえば美食の国。ドイツでもフランスの食文化への憧れはとても高いです。今はお互いにEUの国々を牽引する仲ですが、実はドイツとフランスは、歴史的な見地からみてもお互いに攻めたり攻められたりする国であり犬猿の仲でもありました。ところが、やはり食に関しては、フランス料理はドイツ人の中でもステイタスを獲得しています。さてこのご主人トロンギーさん。在独25年、ドイツで家族を持ちました。レストラン・テスターであるクリスチャン・ラハはフランスには修行で訪れたことがあり、フランス料理も勉強しています。しかしラハは生粋のドイツ人。ドイツ人として、フランス料理店を再生させることができるでしょうか。新たなるフランスVSドイツ対決です。
1日目、レストランの主人であるトロンギーさんはラハのことを知ってはいましたが、まさか自分の店に彼がやってくるとは思わず驚きを隠せないようでした。前菜、スープに関してはラハをうならせたものの、主菜の料理中にかなり慌てていろいろと動き回ったために味付けを忘れ、またデザートのクレープに関してはラハから「レンジでチンしたでしょ、皮がカラカラだったよ」と文句がつきました。
レストランというのは、料理を提供するだけではなく日常からの逃避を演出する場所でもあります。「このレストランに行きたい」というような特徴ある雰囲気を作らなければ人は寄ってきません。特に今回は、レストランの名前「ラ・プチ・フランス」が意味するように、ここバイエルン地方において「小さなフランス」を作らなければなりません。ではどのように?というのが今回のお題です。25年前にフランスを出たトロンギーさん、どうも彼のフランスのセンスがドイツ化しているようです。
2日目、ラハがトロンギーさんと「遠足」と称して行ったのは、いつも買い物に行くというフランスとドイツの交響の街、ストラースブルク。ここでラハと一緒にフランスの雰囲気を勉強します。壁の色、壁にかかっている鏡、絵の種類、光の加減、メニューの書き方、テラスの使い方などもう一度、トロンギーさんにフランスのセンスを呼び戻します。彼の店はドイツにあるフランス料理店ですので、ドイツ人、特にバイエルン人がなにを好むのか、彼らの習性にも合わせていく必要があります。お隣の国といっても、ドイツ人が思い描くフランスと実際のフランスとは違うものですが、ある程度ドイツ人の期待に沿ったフランスの雰囲気をそろえなければなりません。トロンギーさんは料理の腕はあるものの、「フランスでも珍しい料理でドイツ人を驚かそう」という目論見があるようで、それではなかなかドイツ人には通じません。トロンギーさんはラテン的な人物で、情熱はたくさんあるようなのですが・・・。
3日目、ラハは遠足の後で勉強したことをすぐにこの日に実行しようとします。トロンギーさんに聞きます、「さて、これからどうするのか?」 1日ぐらいでは人の考えは変わらないようです。トロンギーさん、頭では何かを変えなければならないとわかっているのですが、いざ行動に移そうとするとどうしたらよいかわからずパニックに陥ってしまいました。注文や要求が多いと、頭を抱えてしまうようです。しかし、昨日のことは昨日のこと。新しく今日を始めなければ、このお店には後がない。ラハは、トロンギーさんに決断を迫ります。わかってはいるものの決断が鈍いあるいは優柔不断だというのがご主人の弱点のようです。しかし、フランスを一番体験し、よくわかっているのはトロンギーさん本人。彼が自信をもって、壁の色や内装について「これはフランス的だ」と承認していかないと意味がありません。キッチンでも、ラハを交えて試行錯誤が始まります。
4日目、部屋の内装の続き。2日目に遠足で訪れたシュトラールブルクで見たレストランの雰囲気を、自分のレストランにも取り入れていきます。フランスの風景をポストカードやポスターから集め、それらを額にいれ、所狭しと壁全体を覆っていきます。また、昨日試作した料理を、番組に依頼を出した奥さんの前で披露します。ドイツ人、特にバイエルン人は「ブロートツァイト(=軽食、パンの時間)」といって、パンにチーズやハムをのせこれらをつまみとしてビール片手に楽しむ習慣があるそうです。トロンギーさんが考えたのは、このブロートツァイトのフランス版。パンにつけるものをフランス風にし、鳥のレバーパテ、テリーヌ、自家製ピクルスを用意しました。もちろん飲み物は樽からサービスされる赤ワイン。さて、このフランス風ブロートツァイトは皆に受け入れられるでしょうか?
5日目、再オープンの日。前夜遅くまで仕事をしていたサービス担当の人たちが、店に出てくるはずの10時になっても誰もこない・・・というアクシデントも起こってトロンギーさんはまたパニック状態に。それでも、再オープンを楽しみにやってきた人たちにフランス風ブロートツァイトと主菜、そして焼きたてのクレープを提供し、好評を得たようです。
8週間後にもう一度ラハがこのレストランにやって来た時、主人は満足そうに語りました。常連の客も来るし、ミュンヘンから、バイエルン地方からわざわざくる人もいるよ、と。店が「バイエルンの小さなフランス」になるまで、あとわずかだということでした。
料理人、クリスチャン・ラハ。レストランまでも調理するなかなかの創作人です。彼は、今日も傾いたレストランを再建すべくドイツを動いて回っています。
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(2)「借金からの脱出」借金解決請負人-ペーター・ツヴィーガート
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(6)黒髪長身のスーパー教育アドバイザーが家庭訪問。「スーパーナニー」
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(7)政治家シリーズ
≫「ドイツの母」フォン・デア・ライエン氏
≫「ドイツの右腕」ヴォルフガング・ショイブレ氏
≫「ドイツの首相」アンゲラ・メルケル氏
◆このコラムの著者、河村恵理さんのお話を、コラム「インタビュー・ノート」にて掲載しています。
河村さんのドイツでのお仕事、現在に至るまでの経緯などが語られています。
・前編 http://interview.eshizuoka.jp/e953874.html
・中編 http://interview.eshizuoka.jp/e956661.html
・後編 http://interview.eshizuoka.jp/e960315.html
Posted by eしずおかコラム at 12:00